理科教育メーリングリスト(*)1周年記念シンポジューム記念文集発表資料

ネットワーク共同作業による教材作成

A Educational Material made by Network Collaboration

高橋 邦夫
学校法人高橋学園東金女子高等学校

概要

 インターネットを通じて公募したボランティアチームの共同作業(コラボレーション)により,アメリカの優秀なWWW(World Wide Web)コンテンツ“The Nine Planets”の日本語化を行った。William A. Arnett氏による有名な太陽系マルチメディア探検ガイドの翻訳である。この作業を行った「ザ・ナインプラネッツ日本語版プロジェクト」、および同じく日本語教材「ザ・ネット:利用者の指針とネチケット」の共同翻訳を行った「FAUガイド&ネチケット日本語版プロジェクト」の2つの企画について実践内容と経緯を紹介する。

動機

 1995年5月,文部省・通商産業省による「100校プロジェクト」 1) の支援を受けて本校にインターネット接続環境が導入された。
 早速各地のWWW(World Wide Web)サーバで発信されている情報を次々に閲覧(ネット・サーフィン)し始めたが,すぐに気付いたのは,先発のアメリカでは優秀なWWWコンテンツが数多く開発され無償で公開されているのに比べ,国内で入手できるもの,特に小中高の学校教育に利用できる情報ページは少ないという事実だった。しかし,今後の開発に期待しながらも個人的に取り組もうという考えまでには至らなかった。
 ところが,William A. Arnett氏による"The Nine Planets" 2) の存在を偶然に知った時,その素晴しさを堪能するとともに,英語圏の児童生徒がこの内容を自由に読んで学習できるのに,日本では言語が障害となって容易には利用できないことを思って座視していられなくなり,このコンテンツの日本語化を行おうと思い立った。詳しい経緯は後述するが,インターネットの電子ニュースを通じて広く一般から翻訳ボランティアを募ることにし,ボランティア達の熱心な作業により,わずか5か月ほどの間にほとんどのページの日本語化を終え,公開に至ることができた。

ザ・ナインプラネッツ日本語版プロジェクト

 ビル・アーネット氏の太陽系マルチメディア探検ガイド「ザ・ナインプラネッツ」は,全部で80以上のページからなり,NASA等から収集した美しい天体写真と音声や動画を散りばめた惑星科学に関するWWWコンテンツである。「ザ・ナインプラネッツ日本語版(TNPJP)プロジェクト」は,一般の天文ファンの参加を得てこれを日本語化した企画である。
 "The Nine Planets"の発見後,アーネット氏に電子メールを送ってミラー(複製)サイトの開設と日本語化の許可をお願いしたところ「日本でのミラー開設は初めてで非常に嬉しい。翻訳も良い考えである」と歓迎していただけた。ミラーサイトというのは,回線容量が限られている場合にアクセスの混雑を分散し速度の向上を図ることを目的にネットワーク的に近くのコンピュータに置いた複製のことである。
 80以上のページを独力で翻訳するのは大変なため,日本語版翻訳ボランティアを募集することにした。当初は100校プロジェクト参加校の共同プロジェクトとして提案してみたが,各校ともインターネットへの取り組みを始めたばかりで余裕がなく,専門用語の日本語化などこの分野に詳しい人の助力を得なければならない事項もあったため,電子ニュースのfj.sci.astroニュースグループでも募集告知を行ったところ,一般の天文ファンから多数の応募を得ることができ,共同翻訳プロジェクトが実現することになった。

 翻訳ボランティアは総勢25名・校となったが,100校プロジェクトからは本校を含めて2校が参加し,その他は社会人・大学生という一般からの応募である。応募状況は非常に良好で,1995年7月の募集直後から応募の連絡があり,告知後1週間で20 名が集まった。その後は1996年1月にかけて徐々に応募者が集まっていった。1人1ページの翻訳を原則としていたが,余力がある参加者からはさらに数ページを担当して貰うことができた。
 無償公開を前提に,ボランティアとして熱心に作業してくれるメンバーの協力で,1995年11月にほぼ9割の和訳が完了し,雑誌 3) の付録CD-ROMにも収録されている。英語版の内容は毎週最新の情報をもとに更新されており,現在日本語版 4) のアップデート作業が進行中である。

図1 ザ・ナインプラネッツ日本語版
http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/9planets-j.html
TNPJP screen image

 ザ・ナインプラネッツには、NASAなどから提供を受けた美しい太陽系の天体画像とともに各天体の解説が施されている。
 解説は、これまでの科学的業績により判明している科学的事実、基礎データと、各天体に特有の自然現象に関する解説、および今後の研究をまたなければならない“Open Issue(謎)”とで構成されている。専門的な天文用語や天文学者の名前は用語集ページにリンクされており、ハイパーテキストの利便性を活かして用語の定義や解説をすぐに参照できる。用語集の日本語化にあたっては専門家の監修も得ることができ、正確な科学情報の提供に役だっている。ただし、利用にあたっては、現在、太陽系各惑星系の衛星名については標準的な日本語訳語が定まっていないことに留意していただきたい。現状では基準がないため「天文年鑑」(誠文堂新光社)の記述で統一したが、すでに国立天文台に依頼した定訳の策定が完了しだい随時改訂する予定である。

 私自身翻訳者として作業を行ったが,事務局としての活動は,

  • 応募を受け付けると同時に参加者名簿に登録
  • 本人の意向を確認して翻訳ページを割り当て,英語原稿を送付
  • 翻訳原稿の受領後,翻訳原稿を校正し返送
  • 翻訳者の再校正後掲載

    という手順の業務のほか,

  • 原著者への翻訳作業上の質問
  • 外部からの掲載転載依頼への対応

    を行った。原稿に手を入れることは全体の統一性を保つために不可欠であったため,当初から募集要項 5) に明記しておいた事項である。

    図2 募集告知
    【募集の告知】
    Newsgroups: fj.sci.astro
    Subject: The Nine Planets www mirror started.
    Date: Wed, 05 Jul 1995 15:36:09 +0900
    Message-ID:
    東金女子高等学校の高橋です。文部・通産省合同の100校ネットワークプロジェクトの支援により,WWWサーバを立ち上げました。

    その中に,アメリカのwww.seds.orgにあるThe Nine Planetsのミラーをインストールしましたので,お知らせします。
    NASAをはじめ,多くの天文写真やムービーとのリンクがちりばめられたマルチメディア太陽系ガイドです(英語版ですが)。著者はBill Arnettです。

    http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/

    ##
    日本の小中学生のために,このThe Nine Planetsを日本語化しようとしています。翻訳ボランティアとして協力して下さる方を募集しますので,興味のある方は上記URLの日本語版協力者募集のページをご覧ください。
    ----< from Togane Girls' High School >----
    ## 1999 Tama, Togane, Chiba 283, Japan. ##
    ## posted by Kunio Takahashi ##
    ## ktaka@togane-ghs.togane.chiba.jp ##

    図3 募集要項
    【募集要項】
    ザ・ナイン・プラネッツ日本語版プロジェクト 翻訳ボランティア募集
     ザ・ナイン・プラネッツは,太陽系9惑星系についてビル・アーネット氏がまとめたページです。  画像と音とムービーが散りばめられたマルチメディア・ブックになっています。NASAをはじめ,多くの天文情報へのリンクをもった,教育的価値の高い情報が満載されています。

     このザ・ナイン・プラネッツを,日本の小中学生のために日本語化しようと計画しています。英語版著者のビル・アーネット氏も日本語版の作成を歓迎し,翻訳作業にも協力してくださいます。
     われこそは,と思う方がいらっしゃいましたら,お気軽にお申し出ください。学校の英語クラブなど,グループでの参加もOKです。英文は,ご覧のとおり中学校程度の文法知識で読める内容です。


    参加方法

    1. お申し込み
     翻訳ボランティアに協力していただける方のお名前と所属(学年), 住所(自宅),連絡先の電子メールアドレスを明記の上,高橋邦夫(ktaka@togane-ghs.togane.chiba.jp)まで電子メールでご連絡ください。
    2. 翻訳作業の内容
     参加のお申し込みをされた方には,英語版The Nine Planetsのページのデータを1ページ分,電子メールでお送りいたします。そのページの英文を日本語に翻訳して,再び電子メールで返送してください。1ページの翻訳期間は,1か月以内でお願いします。1か月後に連絡がない場合には,他の方にそのページの翻訳をお願いすることがあります。
     翻訳されたページは,コーディネーターが文体や用語の統一のための校正を行った後に,日本語版ページとして順次公開いたします。公開の時期は日本語訳到着から1週間後をめどとします。
     自分が翻訳したいページの希望がありましたら,お申し込み時にそのページの英語タイトルを書き添えてください。他の人が翻訳作業中でない限り,希望を優先いたします。できれば第2希望まで書き添えていただけるとよろしいかと思います。
    3. 翻訳協力者の特典
     これは営利目的のプロジェクトではないので金銭的なお礼はできませんが,そのかわり翻訳を担当された各ページの下部に翻訳者のお名前を記載させていただきます。ささやかですが,あなたのお名前がネットワークに永く記憶されることで,お礼のかわりとさせていただきます。
    4. 著作権
     英語版の原著作権はビル・アーネット氏にあります。氏は非営利目的の複製には内容や体裁の改変のない限り無制限に同意しております。
     日本語版についても,同様に非営利目的のための複製は内容の改変のない限り無制限とします。日本語版の著作権は原則として各翻訳者が有すものとしますが,コーディネーターが代表して改変・複製・配布の許認可にあたることに同意してください。営利目的の配布については,ビル・アーネット氏の同意を得てコーディネーターが許認可を行い,利潤があれば公共的事業に寄付するものとします。 
     本プロジェクト発足当初のコーディネーターは東金女子高等学校の高橋邦夫です。
    5. 連絡先
     東金女子高等学校 高橋邦夫  住 所: 電 話: FAX: e-mail:

     著作権に関連して1つのエピソードがあった。著作権ついては各翻訳者が所有し非営利目的には複製自由,営利目的には原著者と相談の上事務局が許認可にあたるものとしていたが,これは完成後を想定していたため,未完成の段階で雑誌への掲載依頼が来た際には取り扱いに困ってしまった。そこで,各翻訳者が相互に意向を明らかにして相談できるようにメーリングリストを開設した。メーリングリストとは特定の電子メールアドレスに届いたメールを参加者全員に転送する機構により電子メールによる会議を実現するもので,これにより相互に意見・情報交換を行ことができた。まだ未完成のものが流布することに懸念する声もあったが,結局暫定版と明記の上無償で掲載許可との方針がまとまり,原著者の承諾を得て雑誌CD-ROMへの収録を許可することになった。この間の議論はすべて電子メールで行われ,2〜3日のうちに意見をまとめることができたが,これもインターネットの効果によるところが大きい。その後,雑誌掲載に向けてなるべく完成に近づけようと未訳ページの翻訳に夜を明かして取り組む協力者もおり,予定よりはるかに早く5か月で9割以上を仕上げることができた。
     現在,最新情報への更新途中ながらザ・ナインプラネッツ日本語版 4) には多くのアクセスがあり,小学校や中学校の教材としても活用 6) されている。 

    FAUガイド&ネチケット日本語版プロジェクト

    図4 ザ・ネット:利用者の指針とネチケット
    http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/netiquette/fauj/
    TNPJP screen image

     TNPJPプロジェクトでの経験をふまえて,同様の共同翻訳プロジェクト「FAUガイド&ネチケット日本語版プロジェクト」を実施することになった。これは,100校プロジェクト参加校をはじめとしたボランティアチームにより,フロリダ・アトランティック大学のArlene H. Rinaldi女史による“The Net: User Guidelines and Netiquette” 7) 「ザ・ネット:利用者の指針とネチケット」を日本語化したものである。
     このWWWコンテンツは,インターネット(The Net)利用の初心者に対して,基本的なサービスのガイドとネチケット(ネットワーク・エチケット)の解説を行ったもので,初版はテキストファイルとして1992年に発表されている。
     1995年11月に100校プロジェクトのaimitenoメーリングリスト(ML)でネチケットについての話題が出た折に,早稲田大学の「千里眼」というWWW情報検索システムを使用してこの文書(英語版)の存在を知った。ネチケットはネットワークを利用する上で心得ておかなければならないエチケットを指す造語であるが,1995年の100校プロジェクト開始当初はこのネチケットに関する日本語文献はまだなく,生徒に指導するために何らかの資料が必要という認識は参加校の担当者間でしばしば話題になっていた。そこで,著者に電子メールで日本語版の有無と翻訳の可否を尋ねたところ「日本語版はまだない。日本の読者のためにぜひ翻訳して欲しい。」と快諾をいただいたので,aimiteno MLで翻訳ボランティアの募集を行い,直ちに作業に入った。ボランティアは100校プロジェクト参加校の教師6名・生徒1名とMLに参加していた一般人2名で,総勢9名で24のページの翻訳を行った。1995年11月〜1996年1月で約8割が完了し,1996年3月初めまでにすべての翻訳作業を終え,現在はWWW上で公開 8) している。同時に,完成したものをオフラインでも利用できるようにパッケージ化して,anonymous FTPサービスによって無償配布もしている。
     このプロジェクトでは,翻訳ボランティアには事前に複製配布に係る著作権の放棄をお願いし,原著者の意向を受けて,非営利組織には複製配布自由,営利組織の場合は原著者の許可のもとに複製配布が可能となっている。 9)
     このプロジェクトに関連して1996年1月26日の100校プロジェクト活用研究会の折に慶応義塾大学の武藤先生からご紹介いただいたSally Hambridge著の“Netiquette Guidelines”「ネチケットガイドライン」(RFC1855; FYI28 :1995年10月発行)の日本語版 10) を作成し,1996年2月2日にfjニュースグループで公開するとともにWWWでも公開した。これはある日刊電子メール新聞の2月5日号でも紹介され,当日1日だけでも1260アクセスという好評を得た。これらをもとに,ネチケット情報を発信する「ネチケット・ホームページ」11) を開設し,日本中から多くの参照を得ている。

     今回のプロジェクトで交流した人々は,北は青森から南は沖縄まで,文字どおり顔を合わせたこともない人々であったが,電子メールで緊密に連絡を取り合うことで,一つの目的のもとに結集して能力を発揮するということに情熱を持って取り組むことができ,良い成果を生むことができた。
     この共同翻訳プロジェクトはインターネットの可能性の一例に過ぎないが,意義としては,

    (1)ボランティアによる作業のためローコストで(実際は通信料や労力など個々のボランティアに負担していただくものが多いのだが)優秀な教材を作成でき,無償で提供することが可能になる。

    (2)インターネットを利用することにより,短時間に有能な人材を数多く集めることができ,個々の負担を少なく,効率的に作業を進行することができる。例えば,自分の身の回りで必要な能力と余力を持ったボランティアを募っても数人集めるのが限界であるが,ネットワークを通じた場合には全国から人材を多数集められる。

    ということを実証したものと言えよう。
     これまでの教材作成というと,個々の教師の努力によるものや,地域的な教員の研究会,あるいは教材作成会社が適宜集めた人材によるものがほとんどであった。いずれも地域的に限定された小人数の個人あるいは集団で,個々の作業量も無報酬では割に合わないほどの負担になることが多かった。インターネットを通じ距離に関わりなく有能な人材が結集することで,安価で効率的に優秀な教材を制作することが可能となった。
     このような取り組みが拡大し,優秀なコンテンツが今後も数多く生み出されて,簡便に利用できるように公開されていくことを期待する。

    参考文献

  • 《return《1)http://www.edu.ipa.go.jp/kyouiku/100/100.html
  • 《return《2)http://www.seds.org/nineplanets/nineplanets/
  • 《return《3)「Internet Magazine」1996年1月号,インプレス社刊
  • 《return《4)http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/9planets-j.html
  • 《return《5)http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/TNPJP/nineplanets/JPplea.html
  • 《return《6)大津市立平野小学校、葛尾村立葛尾中学校: 平成7年度100校プロジェクト成果発表会資料,コンピュータ教育開発センター発行
  • 《return《7)http://www.fau.edu/rinaldi/netiquette.html
  • 《return《8)http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/netiquette/fauj/
  • 《return《9)http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/netiquette/faujp.html
  • 《return《10)http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/netiquette/rfc1855j.html
  • 《return《11)http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/netiquette/
    Copyright(c) 1996 Kunio Takahashi ; ktaka@togane-ghs.togane.chiba.jp
    Togane Girls' High School [http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/]
    URL=http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/report/rika96-kt.html