IEICE: 信学技報 FACE96-32

学校教育におけるネットワーク利用の倫理的問題

高橋邦夫

学校法人高橋学園 東金女子高等学校

〒283 千葉県東金市田間1999番地
電話 0475-52-1161 FAX 0475-55-6388
E-mail: ktaka@togane-ghs.togane.chiba.jp


あらまし

学校教育においてインターネットを活用しようとする時,学校や教師,生徒,そして保護者はいくつかの問題点に直面する。特に有害情報や個人情報の保護などの倫理的な問題については,社会的なコンセンサスも得ながら予防措置を講じることが大切である。ネチケットをはじめとしたネットワーク倫理の啓蒙とあわせて,いくつかの技術的解決策を講じることで予想される問題を予防することは可能であり,必要な技術およびネットワーク倫理指導教材の開発が望まれる。

キーワード

有害情報,プライバシー,ネチケット,フィルタリングソフト,専用ネットワーク

Ethical Problems on the Use of the Internet in K-12 Education

Kunio TAKAHASHI

Togane Girls' High School

1999 Tama, Togane, Chiba 283, Japan.
Phone: +81-475-52-1161 Fax: +81-475-55-6388
E-mail: ktaka@togane-ghs.togane.chiba.jp


Abstract

The use of the Internet in the k-12 education is spreading. But there are some problems that the school, teachers, students and parents must take care. Especially the Ethical problems should be taken precaution through the necessary preventive action including the formation of the public consensus. The expected problems are able to be prevented by the actions such as the enlightenment and the education of the network ethics, and the utilization of the technical solution. More number of technical methods and educational materials need to be developed and utilized.

Keywords

Improper Information, Privacy, Netiquette, Filtering Software, Private Network

1. はじめに

 小中高等学校へのインターネット利用環境の導入が進みつつある。文部省・通商産業省によって企画され1995年から運用が開始した「100校プロジェクト(ネットワーク利用環境提供事業)」1),日本電信電話株式会社によって企画され1000校にインターネット導入支援を行う「こねっとプラン」2)といったパイロットプロジェクトは直接インターネットをターゲットとしたもので,今後のインターネットの学校教育利用の普及にあたって大きな牽引力となるものと目されている。1996年7月に出された文部省中央教育審議会の第1次答申3)においても,国際規模の情報通信ネットワークとしてインターネットの学校教育への導入を推進すべきとの方向が打ち出されている。
 100校プロジェクト共同利用企画など様々な先行的実践を通じて多様な活用方法も開発されてきており,インターネット利用環境を学校教育の場に持ち込むメリットについても認識が高まりつつある。反面,インターネットを通じて子供が有害な情報に容易に触れることができてしまうのではないか,子供の名前や写真をWWWホームページに掲載すると誘拐などの犯罪に利用されてしまうのではないか,といったインターネット導入に伴う悪影響について危惧する声も大きくなってきている。
 メリット,デメリットを勘案して安全で効果的なインターネット利用を目指す取り組みも始まってきており,たとえば,1996年に運用を開始した横浜市のY・Y NET (Yokohama Yume NETwork)4) では,市立高校など15校を結んだWANによるクローズド・ネットワークを構築し,教育情報センターを経由してインターネットに間接的に接続する形態で運用上の安全性を確保している。
 この報告では,100校プロジェクト参加校としての2年間で得た体験をもとに,小中高等学校の学校教育現場でインターネットを利用する際の諸問題,特に倫理上の問題と対処の在り方について概観する。

2. 100校プロジェクト

 まず,100校プロジェクトについて簡単に触れておく。
 100校プロジェクトは,通信回線,通信機器,サーバ,クライアント機を全国111の教育機関,地域教育センターに貸与し,インターネット利用環境を提供した事業である。プロジェクト事務局(財団法人コンピュータ教育開発センターおよび情報処理振興事業協会)は環境を提供するのみで,実践の内容については各学校の自由な裁量に任されており,たとえ事務局が提案する共同利用企画であっても参加するかどうかは各校の判断で選択できるようになっていた。各学校には正副2名の担当者の配置が義務づけられ,担当者を中心とした各学校独自の実践が数多く試みられている。
 事務局および担当者間では専用のメーリングリストで相互の連絡や相談,意見情報交換を行ったほか,プロジェクト外部の学校教育関係者との連絡用のメーリングリスト(aimiteno)も別途用意され,事務局企画や草の根の自主企画などが提案・討議される舞台ともなった。
 100校プロジェクト担当者のほとんどはインターネット利用は初体験であり,また多くがパソコン通信すら未体験という状況であったから,操作方法などの技術的な問題は当然のことながら,個人メールをリストにばらまくなどいわゆる初歩的ミスも数多くあり,ミスをしながら正しい利用方法を学ぶという試行錯誤の連続でもあった。幸い,経験あるシンクタンク・スタッフがサポート要員として参加しており,技術的問題の解決はもちろん,インターネット利用におけるマナーや決まりごとについての助言をしてくれたから,その手ほどきを受けて多くのノウハウを身につけることができた。また,インターネットそのものも良い練習グラウンドとなり,たとえば各種教育用メーリングリストやfjニューズグループの記事を見ることで,参考事例から正しい振る舞い方などを考え,児童生徒の指導にあたれるだけの知識も身につけることができたのだと思う。

【メーリングリストにおける初歩的ミスの例】
・MLの趣旨に合わない投稿
 技術サポート宛,事務局宛,個人宛など宛先対象を考慮しないメッセージのMLへの投稿,担当者MLに生徒からメールを投稿させたなど。
・公開・非公開の宛先を混在したマルチポスト
 非公開MLのアドレスが漏れる,公開側からのリプライ(返信)が非公開側に流入など。
・軽度のフレーム
 ある発言を批判と解釈,または発言に対する頭ごなしの否定。
・個人的立場の発言と公的発言の区別をつけない解釈
・チェーンレターの投稿
 Good Timesウィルスに関するデマなど。

 100校プロジェクトでは,インターネットを学校教育に導入すべきか否かといった問題の議論は省いて,インターネットをいかに学校教育に活用するかの研究に主眼がおかれ,付随する諸問題をどう解決するかといったアプローチからノウハウの開発が行われている。

3. 学校教育へのインターネット導入に係る問題

3-1 問題の所在

 学校教育にインターネット利用環境を導入するにあたって問題となる事項には,以下のようなものがある。

(1) 予算的問題
(2) 技術的問題
 サーバの設定,クライアント機の設定,校内LANへの接続。
 アプリケーションの操作方法,アプリケーションを効率的に動作させるためのノウハウ,さらに,それらをいかに児童生徒に教えるか。
(3) 組織的問題
 対外的連絡調整,校内の連絡調整。児童生徒の学習体制の組織化。
(4) 倫理的問題
 技術的には可能であっても,してはいけない行為があること。面倒でもやらなければならない行動があること。

 このうち,現場の教員が主体的に取り組まなければならないのは特に(3)(4)であろう。(1)(2)は外部の援助で解決可能な種類の問題である。
 (3)は個々の企画の実施に関連した相手校もしくは校内での諸連絡のほか,校内の協力態勢作りというものも含まれる。(4)にあげた「面倒でもやらなければならない行動があること」にも関連するが,受験勉強に不要な知識を教えることに労力を費やすのを厭う同僚教員がインターネットの導入に反対するといった例もあるようなので,目先に囚われない広い視点からインターネット導入問題を検討するという啓蒙をまず教員相手に行わなければならないだろう。
 (4)は,「できること」と「すること」の質的相違に関する問題であり,善悪の判断基準は一般的な社会常識の範疇に属する事柄が大半である。ただ,インターネットの場合には「できること」の地平線は現実社会で実現可能な物事よりもはるかに広く,安価に高速に広範に「してはいけないこと」の影響範囲を広げることが容易である点が異なる。また,インターネットを構成する技術環境の制約から,現実社会とは異なる新種の「してはいけないこと」も生じるので,関連する技術知識と不可分な類の問題もある。反面,インターネットを通じて形成される仮想社会では「できること」の範囲を技術的に制限することも可能であり,問題事案の予防は倫理的啓蒙や教育といった人為的介入が不可欠な現実社会よりも容易であるという特性も持っている。
 (4)の倫理的問題については次項に例示し,第4章で詳しく扱う。

3-2 倫理的問題の事例

 いくつかの事例を紹介する。ここでは事例の紹介のみにとどめ,対処方法などは次章以降で議論する。

【事例1】

 ある高校でダイヤルアップIP接続を行い,生徒にWWWアクセスを体験させた。事前に,不適切な情報の入手は学校の通信経費支出にふさわしくないから接続を切ると申し渡し,アクセスさせたが,アクセスを監督していた教員が一部の生徒がわいせつ画像を探し閲覧しはじめたのを発見し,それ以後は接続を切る措置をとった。教員は監督なしでもWWWアクセスを体験させられるような技術的手段がないものかと思った。
…学校での有害情報の閲覧に対する規制の是非,および方法,運用形態。

【事例2】

 A校の教員が,自作のホームページを掲載するよう自校のWWW管理者に依頼したが,生徒の写真の掲載などを理由に保留扱いとされた。その教員は友人であるB校のWWW管理者に掲載を依頼し,当該ホームページはB校のWWWサーバにA校のあるクラスのページとして掲載された。その後,B校に置かれたページが検索サイトCからA校のホームページとしてリンクされていることにA校のWWW管理者が気付き,B校に対し掲載の中止を申し入れた。
…ある学校のWWWサーバ内に別の学校のホームページがある状態は許容されるか。

【事例3】

 公立小学校の教員が個人で契約したプロバイダを通じてホームページを開設し,担当クラスの生徒の写真や作品を掲載したところ,所轄教育委員会から個人情報保護条例に違反し、審議会で問題となるおそれがあるとの理由で削除を求められた。関係法令は当該自治体の個人情報保護条例および地方公務員法32条と地方教育行政法43条で,
(1)職務上収集した個人情報(氏名も含む)をコンピューターを通してフロッピーディスクに記録した。(電子計算組織による処理の禁止),
(2)その情報を自宅に持ち出した。(適正管理の原則違反),
(3)個人情報を外部に公表した(外部提供の禁止違反),
(4)(実施機関の教員である教師のコンピュータを)別のコンピュータに接続して個人情報を不特定多数に流した。(学校を含む「実施機関」の電子計算組織の結合の禁止)
という点が争点となった。当該自治体の個人情報保護条例では個人情報の目的外使用には審議会の同意を必要とする規定があったが,本人の同意を得ていれば、審議会にかけなくとも個人情報の目的外利用や外部提供も可能であると解釈できるようで,この点に関しては適用対象外の可能性がある。
 当該ページはトップページに掲載した児童の集合写真を不鮮明にし仮名を用いるなどの対策を施し,保護者の支持を得ながら,掲載を継続している。
…情報発信の安全性(個人情報の保護)と自由な情報発信との拮抗。
…個人情報を発信することの教育的価値と危険性との拮抗。

【事例4】

 ある中学校で開設したWWW伝言板に,ある有名学校を中傷する内容の伝言が書き込まれた。担当教員がその学校と連絡をとったところ,そこでは生徒のインターネット利用はできないため書き込みを行ったのはその学校の生徒ではないことがわかった。そこで,サーバに残ったアクセスログを解析したところ,遠隔地の別の学校の生徒が有名学校の名をかたって中傷の書き込みをしていたことがわかった。
…匿名性を悪用した無責任な投稿。
…インターネットを利用したサービスでは完全な匿名性は保てないこと。

【事例5】

 あるWWWページで姓名判断の占いサービスが開設されており,女子生徒がアクセスした。後日,その生徒宛に電子メールで交際の申し入れがあった。姓名判断時に入力されたデータが別のページの友達募集のリストに転載される仕組みになっていたため。
…善意のサービスの仮面を被った詐欺的行為。

【事例6】

 学校独自のメールサーバを設けている学校でシステム管理を担当する教員が,管理者用アカウントでメールスプール領域のテキストデータを読んでみたところ,他人宛のすべてのメールの内容を盗み見ることができることがわかった。また,宛先のタイプミスなどで不達となるメールについてもエラーメッセージとともにPostmasterの別名に登録された管理者にメッセージの内容が届く仕組みになっている。システム管理者にとって利用者のプライバシーは無いも同然という事実に教員は驚き,一般教員にはこの事実を伏せて管理職と相談し,学校ではシステム管理者の資質に注意を払うようになった。
…システム管理者の資質。
…教員の持つ守秘義務と同等のモラルを外部委託の技術者に期待できるのか。

4. 問題点と対処方法

 心配されるいくつかの問題点について対処方法とともに議論する。

4-1 有害情報

 ここでは,未成年の児童生徒がその情報を閲覧することで「心身の健全な発達に悪影響を及ぼす情報,またはその可能性のある情報」を有害情報と呼ぶことにする。情報の形態文字、画像、音声等)については問わない。
 有害情報の範囲について現状では明確な社会的合意はないようだ。本来は,どのような情報が,どの年代の児童生徒にとって,どの程度有害であるかについての科学的な研究がなされ,その成果が反映されるべきだが,現在のところ有為の成果は見当たらない。また社会情勢の変化に応じて有害であるか否かの基準も変動すべきであるから,有害情報の範囲や基準を明確に定めるのは困難であることも予想される。(米国の例では,娯楽ソフト諮問会議(RSAC)5)の委員であるスタンフォード大学のDonald F. Roberts博士によるメディアが子供に与える影響についての研究成果がRSACの情報評価基準に採用されているようである。)
 一般にポルノグラフィやわいせつな図画は有害情報として認知されているが,違法行為,人権侵害などの不正な情報をはじめ,残虐な事物の描写,薬物の乱用など健康を損なう行為を助長する情報,犯罪を助長したり破壊的行為の手段を与えるような反社会的な情報など,表1に例示するように有害と考えられ得る情報は多様である。

【児童生徒に有害と考えられる情報の例】
社会的安全保障兵器(爆弾)製造、違法な薬物製造、テロ活動、排他的政治結社、カルト信仰
犯罪、不法行為犯罪の奨励、犯罪手口の開示、詐欺行為、不正販売
人権 人種差別、性差別の奨励、中傷、著作権侵害
安全性信頼性デマ、誤報、誤解や偏見を与える情報、不正確・未確認情報
身体的精神的健康薬物乱用、暴力、ポルノ、過度の恐怖、退廃的嗜好

 それぞれの範疇においても有害であるか否かの境界は不明確であることに注意が必要で,たとえば、ミケランジェロ「ダビデ像」の場合など裸体を描写した画像であっても「わいせつ」ではなく「芸術」に分類されるものがあり、ポルノ、わいせつ性の定義は曖昧である。
 通常,有害情報は児童生徒の目に触れないように隠匿されるべきものとされているが,現実社会においても例えば性風俗関連情報が新聞紙上等で扇情的広告などで児童生徒の目に触れるように放置されているし,能動的に入手しようと思えば書店や自動販売機で実物の書誌を手にすることもできる。インターネットにおいても,特に予防措置を講じていない場合,能動的に入手しようと思えば容易に入手できるのは同様だが,多様な情報が同質のものとして陳列されているため偶発的に目に触れてしまう可能性も高くなる点が特徴的である。反面,インターネットの場合は有害情報の閲覧を制限する技術的手段を用いることである程度自動的に予防することが可能であるから,現実社会の場合よりも予防対策を講じるのは容易でもある。
 ただし,有害情報のフィルタリングについては是非を問う声もあるので注意が必要だ。「児童の権利に関する条約」において情報アクセス権について例外的に有害情報からの保護はうたわれているが,憲法や条約の意図するところを考えると有害情報は限定的に捉えられるべきではないかという意見もある。
 是非は別として,技術的予防対策としては,情報発信側での規制,受信側での規制,情報中継経路中での規制という3つの段階で規制措置を講ずることが可能である。

(1) 情報発信側での規制

 アクセスする利用者の年齢を特定することで,対象年齢未満の者への情報発信を制限する。ただし,現状ではアクセス者の年齢を特定できる有効な方策はないので,有害情報を掲載するかしないかという二者択一の措置を迫られることが多く,表現の自由と絡んで問題がある。
 将来的には,学校サイトをデータベースに登録したり,学校サイトに専用のドメイン名空間を与えるなどして一般サイトとの識別を可能にしておけば,情報提供側で学校からのアクセスを容易に排除できそうである。また,利用者の年齢を登録し認証するサービスができ,一般の情報提供者が利用できるようになればさらに良い。

(2) 情報受信側での規制

 受信するクライアント機で有害情報をフィルタリングするソフトウェアを利用することになる。フィルタリングには情報サイト毎の評価ラベル情報を利用する。TCP/IPプロトコルを監視するCyber Patrol,6) SurfWatchなどの市販ソフトのほか,WWWブラウザ単独でラベル情報に基づいたアクセス規制をかける製品(Microsoft Internet Explorer,Netscape Navigatorなど)もある。ラベル情報にはフィルタリング・ソフトウェアの開発会社が独自に提供するサイト評価リスト(たとえばCyber PatrolのCyber YESリスト,Cyber NOTリストは有償契約者に対して毎週自動更新するサービスを行う),WWWコンソーシアム(W3C)によるPICS7)(Platform for Internet Content Selection)技術規格に基づいて各種機関から認証され,情報提供側がコンテンツにラベル情報として付加するPICSラベルがある。ラベルには情報の評価レベルが記載されており,受信側で適宜アクセスレベルを選択し設定しておくことができる。PICSについては,各国で採用が検討されている8)し,日本でもPICS認証サービスが開設される9)ので,今後注目される方式である。評価ラベルの作成は,情報提供者自身が各認証サービスの基準に基づいて自己査定するセルフ・レーティング方式と,第3者機関が査定するサードパーティ・レーティング方式とがある。

(3) 情報中継経路中での規制

 プロキシー(代理アクセス)サーバを情報中継に利用する方法で,プロキシ・サーバにおいてラベル情報等によるアクセス規制を施す。規制されたサイトへの中継要求は拒絶される。Y・Y NETにおける情報処理教育センターで採用している方式である。

 ラベル情報,フィルタリングリストにはYESリスト(ホワイトリスト)方式とNOTリスト(ブラックリスト)方式がある。YESリストは推奨するサイトのリストで,リスト登録済サイトにのみアクセスを許す方式。初期のPICSもYESリストの形態をとる。NOTリストは有害と考えられるサイトのリストで,リストに登録されたサイトへのアクセスを禁止する方式である。
 どちらの方式も,リストが充実していなければ運用上問題がある。YESリスト方式では安全性が確保される反面,世界中の多様な情報への自由なアクセスが制限されてしまう。NOTリスト方式ではアクセスの自由度が大幅に認められる反面,登録漏れの情報に遭遇する危険が残ってしまう。どちらの方式もリストが充実すればデメリットは緩和できるが,リスト作成のためのコスト,つまりサイトの査定と登録に係るコストがネックである。

 また,フィルタリングの有効性はサイトのセキュリティ管理体制にも依存する。クライアントレベルでの規制は,規制措置を施していないクライアントを持ち込むことで回避できるし,プロキシでの規制もプロキシの利用を回避できるクライアントを利用するという抜け道がある。したがって,徹底的なフィルタリングを行う必要がある場合には,持ち込み機器の接続を許さないためのセキュリティ管理が必要となる。ただし一般に必要な資質を持つ管理者は少なく,学校毎に配置するのは人材面でも予算面でも困難が予想されるので,Y・Y NETのようにセンターで一括管理するプライベート・ネットワーク方式の採用が妥当であると考えられる。物理的に閉鎖的な接続形態をとる必要はなく,仮想的に構築したプライベート・ネットワークでも十分である。

4-2 個人情報の安全性

 個人情報は一般に「個人を特定できる情報」とされている。【事例3】に関連した議論の中で,氏名,学校名,住所,電話番号,写真などをWWWで掲載してしまうと,誘拐などの犯罪に利用されてしまうのではないか,という安全性の立場から,情報発信において注意すべしという意見が出されている。オーストラリア首都地区(ACT)では,教育長から学校サイトにおける生徒保護者教員の写真等の掲載を禁止する命令が出されているし,アメリカでも多くの学校で個人情報は掲載せず,掲載する場合でも,事前の承諾を得て最小限の掲載(フルネームは避けてファミリーネームに限定するなど)に留める措置を講じているようである。
 このような規制や自粛で安全は保たれるが,児童生徒が自ら望んで情報発信する自由を制限してしまったり,情報発信に付随するさまざまな教育効果を台無しにしてしまうおそれもある。
 情報発信において想定される教育効果としては以下のようなものがある。
  • ○自ら情報を発信することにより自己表現,自己啓発を行う。
  • ○情報発信を契機に達成感とやりがいを感じ,意欲的に学習に取り組める。
  • ○作品掲示の際の氏名の記名や写真の掲載などによる自己顕示で意欲を喚起する。
  • ○写真の掲載などによる自己紹介で交信相手との親密さを高めることができる。
  • ○記名による情報発信で,自ら発信する情報についての責任感を高めることができる。
     また,個人情報の発信によって想定される危険としては以下のようなものがある。
  • ○個人連絡先の開示はいたずらメール,いたずら電話などに類する迷惑行為の手段となる。
  • ○写真の開示などで,誘拐など犯罪者に便宜を提供することで犯罪にあう危険性が高まる。
  • ○名簿業者などによって目的外の用途に流用される可能性がある。
  • ○他人が本人に成りすました偽造人格が犯罪に用いられる可能性がある。
     このように,危険性とは現実社会における危険を反映したものであり,交通事故がなくならないのと同様に,犯罪のない100%の社会的安全保障は今後も望めないから,安全を確保するために何らかの対策は必要とされる。一方で自由な情報発信に伴うメリットも損ないたくないから,このような矛盾を解決するためには,安全で自由な情報発信を行う方策があれば良い。
     この目的で,いくつかの方策が考えられる。ひとつの案は,信頼できる学校間で自由な情報の流通を行い他を排除できるクローズド・ネットワーク(プライベート・ネットワーク)を構築することである。別の案は,匿名性が特徴であるインターネットにおいてはまだ確立されていない方法だが,安全を確保する上で必要がある場合には情報閲覧者個人を特定し認証できる方策をとることで,公共もしくは民間の個人認証データベースを設け,匿名による閲覧を排除し,閲覧情報の不正利用があったときに犯人を遡及特定可能にしておくことで犯罪を抑止する方法である(匿名を全面的に禁止するのは言論の自由を疎外するから不可能であるが,匿名での発言の場は現在のインターネットにおいてすでに至る所で確保されているから特に配慮は必要ないだろう)。また,ネットワークを利用した情報の不正利用に刑事罰を加料するような法整備による抑止効果も期待できる。これらのひとつ,あるいは組み合わせによって情報公開の安全性は向上できるものと思われる。
     また,このような安全な情報公開のための対策が講じられるまでの期間は,従来通りの自粛や規制によって安全を確保する必要もあるが,そのためには,情報発信のガイドラインなど認められる範囲とそうでない範囲の区分けについての社会的合意を示す基準を策定する必要もあると思われる。すでに一部の自治体等で同趣旨のガイドラインを策定したところもあるし,教員を中心としたワーキンググループで学校教育におけるインターネット利用のガイドラインの見本を作ろうとする動きもある(わかなプロジェクト)。

    4-3 情報の質,ネットワーク倫理

     発信情報の質は倫理上の問題である。有害情報の発信を避けること,および情報の信頼性・正確性の確保,著作権への配慮など有益な情報の発信に努めるべきであることなどがある。WWWやメーリングリストの利用で誰でも容易に情報を発信することが可能となるが,精神的に未熟な児童生徒の発信情報においては常識や正確性を欠いたものも予想され,場合によっては社会的混乱の原因ともなり得る(Good Timesウィルスのデマなど)。これを避けるには,自ら発信する情報について,内容の質を高め,嘘や剽窃などの悪い行為を行わず責任ある情報発信を行うことを学習する機会が必要となる。
     これは,ネチケットとして総括されるネットワーク倫理の学習の中で,情報やサービスを利用する側の倫理のみでなく,情報やサービスを提供する側の倫理もわきまえておくべきという点を強調するものである。1995年10月にIETFのRUN-WGからFYI(有益な情報)として発表されたネチケットガイドライン(文書番号RFC1855, FYI28)10)では,利用者,管理者,情報提供者のそれぞれについて適用すべき倫理的ガイドラインを文書化して提供している。

    4-4 管理者の資質

     学校サイトのネットワーク管理者の資質は,今後早急に対策がとられなくてはならない問題である。一部の自治体等でインターネット環境の導入にあたり外部技術者への管理業務委託を行っているが,学校の持つ個人情報が漏洩する可能性について十分に配慮されているかどうか疑問を感じる。教員にはもともと守秘義務があるので,教員が管理者を兼務している場合はまだ信頼できるが,外部業者に委託する場合には,教員が担当した場合と同様の秘密管理体制や万一事故が発生した場合の保障など事前に十分検討しておくべきであるし,管理サービスを提供する業界にあっても,高い倫理性とネチケットに関する知識を備えた技術者の育成などに充実した対応が望まれる。このほか,外部委託技術者には,教員の業務を理解しいつでも必要な援助を与えることができるだけのサービス精神もまた求められる。
     また,学校教育のネットワーク管理者に要求される資質を考えると,現在の管理者(教員が多い)のステータス(一般教員と同等)は低すぎる感が強い。管理職レベルに情報管理者のステータスをあげておかないと映画「ジュラシックパーク」に類するような事故も起こりかねないのではないかと危惧される。

    5. むすび

     100校プロジェクトによりインターネット利用環境を得て,生徒に利用の指導をしていく中で,特にネチケットに関する教材の不足に悩んだ。当初利用できるものといえば100校プロジェクト事務局が作成してくれたインターネット利用ガイドの一節のみであった。
     なければ作ろう,ということで,1995年11月から教員を中心としたボランティアの共同作業でFAUのアーリーン・リナルディ女史が著した文献の和訳を行い,1996年1月に「ザ・ネット:利用者の指針とネチケット」日本語版11)として公開した。また,1996年1月の100校プロジェクト活用研究会において慶応大学の武藤佳恭助教授から紹介されたサリー・ハンブリッジ女史による「ネチケット・ガイドライン」RFC1855の和訳12)も行い,2月に公開した。さらに,ネチケット関連で収集したBookMarkをもとに,1996年3月に「ネチケット情報(ネチケットホームページ)」13)を作成し,公開した。このWWWページが多くの参照を集め,好意的な意見も多数寄せられているのは喜ばしい限りである。
     感じるところでは,日本の高校生以下のネットワーク利用マナーは悪くはない。むしろ大学生や社会人に傲慢さや悪いマナーが多々見受けられる。これも,ネチケットの啓蒙を通して徐々に減少するだろうし,学校教育においてネットワーク倫理の学習を扱うことで10年後,20年後のネットワーク社会をさらに住みよくすることができるものと思われる。
     ただし,まだネチケットに関する教材資料の数は少ないため,各方面でさらに開発を進められる必要がある。また,次々に発生する問題に対して新たなネチケットが社会的コンセンサスを得ながら作成されていく必要もある。たとえば,ネチケットガイドラインRFC1855を作成したIETF RUN-WGでは,その拡張として,SPAMを予防する対策となるRFCを著すことを決め,作成にむけて活動を始めている。
     学校間の,あるいは全国的な,あるいは国際的な協調を通じて,ネチケットをはじめとしたネットワーク倫理の啓蒙がなされるべきであり,具体的な活動が今後も着々と行われる必要があるだろう。

    参考文献

    1. http://www.edu.ipa.go.jp/
    2. http://www.wnn.or.jp/wnn-s/
    3. 21世紀を展望した我が国の教育の在り方について,中央教育審議会第一次答申,1996.7.19.
    4. http://www.edu.city.yokohama.jp/
    5. http://www.rsac.org/

    6. http://www.microsys.com/cyber/default.htm
    http://www.cyber.asciinet.or.jp/
    7. http://www.w3.org/pub/WWW/PICS/
    8. http://www.mpt.go.jp/policyreports/japanese/group/internet/kankyou-1.html
    9. http://www.nmda.or.jp/enc/
    10. ftp://ds.internic.net/rfc/rfc1855.txt
    11. http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/netiquette/fauj/
    12. http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/netiquette/rfc1855j.html
    13. http://www.togane-ghs.togane.chiba.jp/netiquette/
    Copyright (c) 1997 by IEICE
    Author: Kunio Takahashi